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2007年8月20日 (月)

別れ

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昨日、ある小さな漁港を3ヶ月ぶりに訪問した。

白黒の若いオス猫が、私の車のロック音に反応して飛び出してきた。

「どうした? みんなは?」

いつもだったら、絶対触らせないのに、私の足元にまとわり付いてきた。

いつも一緒にいた仲間が見当たらない。

それどころか、猫が生活している気配が無い事に、すぐに気付いた。

「猫の写真の人、・・・・・」

いやな予感は、当たっていた。

「みんな、死んじゃったのよ。」

2006年7月16日、写真の2匹の子猫との出会いがきっかけで、何十回ここに来ただろうか。

事実、「東京湾岸のねこたち」展の1/5の写真は、此処で撮影した物だった。

「病気じゃないかね。みんな同じ時期に死んじゃったから。」

探し廻ってた私に、漁師のおじいさんが言った。

結局、一番若かったオスと、一番年老いたオスの2匹だけになってしまった。十匹以上いたのに、たった3ヶ月で。しかも、老猫はすっかり茶色が褪せてしまった。

「寂しいでしょう。」

今日、声をかけられたのは、これで3人目だ。

初めて話すおばさんの、優しい言葉が痛かった。

みんな、たくさんの思い出をありがとう。

そして、さようなら。

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コメント

いつも会っている猫が、ある日突然
姿を見せなくなることがあります。
どこか場所を変えたのか?
優しい人と暮らせるようになったのか?
そのどちらも違うとわかっていても、
そう思いたい自分がいます。

わかっている別れでも、とても辛い。
人との別れより辛いこともあるんですよね。
言葉を交わせないから、なおさら…。

残った子たちだけでも、1日でも長生きして欲しいです。

投稿: 猫姫 | 2007年8月20日 (月) 11時46分

昨年の夏の初め、野良猫の写真を撮り続ける意義に疑問を感じ、断筆まで考えてた時に出会った場所だったんです。

漁から戻ると雑魚をもらい、時化れば残り物をもらう。 ねぐらも用意されてる。 何より家無し猫を「うちの猫」って呼ぶ人が沢山いる場所だった。 地域に根差し「共存」してる場所だった。だから、気持ち的に行き詰まるとフラッと足が向いた。 いつでも暖かく迎えてくれる場所だった。

油断があった。いつでも会えるって・・・

昨日、深夜までデータを遡って見てみた。
ダメ。 ちゃんと、ここにいた子たちみんなの「個」が撮れてない。 自己満足の、独り善がりの写真ばかり。 でも、もう彼らはいない。

二重の悲しい現実だけを突きつけられた。
この喪失感は、あまりにも大きい。 

投稿: Hoshino | 2007年8月20日 (月) 14時10分

二重の悲しい現実だけを突きつけられた。

つらいですね。
喪失感が大きいだけ
心に刻まれ・思い出が深くなりますね。

足元にまとわりついてきた・・・
目にうかびます。
がんばって生きぬいたね。
猫はいろんなことを教えてくれますね。

投稿: コロリン | 2007年8月20日 (月) 18時12分

もう2度と会うことは出来ないかも知れない。
毎回、そんな事を考えて、全力で写してたつもりだった。

とんでもない、ただの思い上がりに過ぎなかった。手元に残った写真では、何にも伝える事なんか出来やしない。

私の気持ちなんて、彼らの壮絶であったろう最後や、たった2年足らずの人生の無念さに比べたら、雨粒よりも小さく軽い。

無駄な出会いなんて絶対無い。だから、今は、「ありがとう」としか、言葉が見つからない。

そして、私にこの事実を伝えようと、何ヶ月もココロに思いを忍ばせてくれてた漁師さんたち。 ありがとう。

投稿: Hoshino | 2007年8月20日 (月) 18時54分

「これが最期かもしれない・・・」
私もいつもそう思ってニャン太に接しています。人間も猫も、みんな神様に与えられた天命を生かされているのだと思います。死は残された者達には悲しすぎるけれど、天に召された者にとっては決して悲しい出来事ではないと思いたいです。
居なくなった猫達は今、暑さも寒さもなく、外敵も無い楽園で幸せに暮らしていると思います。
Hoshinoさんの写真の中で永遠に熱い眼差しを輝かせながら生きていると思います。

投稿: 870 | 2007年8月21日 (火) 21時53分

「これが最期かもしれない・・・」

そのセツナが、私の写真の全ての源流。 
例えそれが風景であったとしても。

たった2年半の間に、野良猫の居ない場所が何箇所増えただろう。 

ある意味、それはいい事である。 

わかっている。

だけど、さみしい。

もっと器用にいろんなモノを撮ればいい。

わかっているけど、

WANGAN NWKOしか今は見えない。

投稿: Hoshino | 2007年8月21日 (火) 23時36分

管理人さん
痛いよね・・・・どこもいつもこれで終焉
痛いよ本当に

投稿: kochi | 2007年8月22日 (水) 10時51分

kochiさま、こんばんは。

kochiさんの生き様に比べれば、全然甘い私だけど、私なりに葛藤と戦ってます。 

本来猫が暮らすべき場所じゃ無い公園や空き地に野良猫がいる現実。 
本来地域猫がいるべき漁港や、町の隙間に、猫が暮せなくなってる現実。
知れば知るほど、現実からにげ出したくなる。
でも、それが出来ない苦しみと。

投稿: Hoshino | 2007年8月23日 (木) 00時38分

これは戦地でも
ここでも思うことですが
ファインダーから覗くと瞳がこちらに訴えてくる
伝えてほしい真実をと・・・・
日に日にHoshinoさんの画は情に深くなっていってますよね・・・生意気ですがそう思います

投稿: kochi | 2007年8月23日 (木) 13時03分

幾多の生死を目撃してきたkochiさんに、そう感じて頂けて嬉しいです。

情が深くなる一方で、審査のある個展が遠くなった気がして苦悩していました。

でも、ちゃんと分かってくれてる人もいるんだと、自分は間違った方向には行っていないんだと確信出来ました。

ありがとうございます。

投稿: Hoshino | 2007年8月23日 (木) 18時50分

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