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2007年8月23日 (木)

うそ

Img_4686

>ファインダーから覗くと瞳がこちらに訴えてくる
伝えてほしい真実をと・・・・
日に日にHoshinoさんの画は情に深くなっていってますよね・・・

kochiさんのメッセージ、嬉しかった。 ありがとう。

そもそも、全ては沢山の奇跡のような偶然から、「東京湾岸のねこたち」の物語が始まった。 何か深い思想があって野良猫の写真を撮り始めた訳では無い。

何の目標も無く、ただただ、毎週ファインダーを通して猫の瞳を見つめてただけ。 「そこに山があるから山に登る」って言うのの、猫写真版みたいな感じだった。

だから、写真展に並んだ写真から、皆様に何らかのメッセージが伝わっていたとしたら、それは「猫達」の無言のメッセージ。 私の思想じゃ無い。

私は、運が良かったと思う。

もし、開かれたギャラリーでの写真展開催を最初にしてなかったら、私は、単なる思い上がり的、勘違い的な一猫写真マニアに過ぎなかったと思う。 

猫が好きな人、大嫌いな人、何とも思ってなかった人。 銀座、梅田、名古屋の三会場で沢山の人達とお話が出来て良かった。 私の意図なんかより遥かに深い部分を写真から感じ取ってもらえた事を知り、自分の浅さを知る事が出来たから。

そして、梅田展の頃から、周りの人達から「最近写真が変わってきた」って言われる事が多くなった気がする。

自分でも変わったと思う。

自分の中で、確実に何かが変わり始めている。 

自分に嘘を付いてるかも知れない。

前の自分が、嘘だったのかも知れない。 

もっと言えば、全てが嘘なのかもしれない。

でも、「嘘から出た真」ってのもある。

最初は嘘でも、それが嘘で無くなれば真実になる。

永遠に嘘を付き続けようと思う。

それが、真実になるまで。

 

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コメント

いくら「うそ」だと言っても
その中に浮かび上がる猫達は一点の嘘もない。
全身全霊で自分の命をHoshinoさんに写し取ってもらいたいと、必死で熱い視線をカメラに向けてくるのでしょう。
Hoshinoさんの「東京湾岸のねこたち」からは、Hoshinoさんにしか見せない猫達の熱い思いが、痛いほど伝わってくるのです。
「うそ」とは言わせない!

投稿: 870 | 2007年8月23日 (木) 22時38分

私にはねこさん達が「真実を伝えてほしい」と思っているかどうかはわかりませんが、こちらが必要以上に感傷的になることもなければ、必要以上に明るく振舞うこともないと思っています。
写真展前の星野さんは(私の感想ですが)意識的にねこの明るさやかわいらしさや愛おしさをできるだけ排除していたのだと思います。だからと言って、社会派的なメッセージ性の強すぎる写真にもならないように注意深く気を張ってらしたような感じがします。私は「新しいねこ写真」だと本当に感銘を受けました。
でも、最近はもっと自然ですよね。フラットというか。
もしかしたら、また変わるかもしれませんし、それが表現者なのではないでしょうか。
星野さんの変化、一ファンとして楽しませていただいていますよ^^。

>全てが嘘なのかもしれない

そう思えるのは実は良いことなのかもしれません。だって、まだまだこれから真実が探せますからね^^。
「自分だけの真実」に固執すると肩が凝る日がきっとやってきてしまうような気がしますし。

投稿: kayo | 2007年8月23日 (木) 23時18分

最初のきっかけがどうあれ、
撮り続けていくうちに、誰でも少しずつ
気持ちや撮りたいもの、被写体への思いが
変化してくるのではないかと思います。

私も初めて写真展で拝見したとき、
良い意味での「猫の可愛らしさ」や
「思い入れ」のようなものを取り除き、
言葉では伝えきれない「なにか」を
撮っていらっしゃるなぁ、と感じました。

写真の見方、詳しいことをわかっていない素人なのに
生意気言っちゃいました!
ごめんなさい!

撮った人の思い以上のものを
見た人が感じてくれたり、発見があることが
素敵だと思います。

これからも迷いつつ、悩みつつ、
Hoshinoさんの思いのまま、撮り続けてください。
私たちはそれを楽しみに待っているのですから。

投稿: 猫姫 | 2007年8月24日 (金) 00時03分

870さま、kayoさま、猫姫さま、こんばんは。

熱いメッセージありがとうございます。

今回の出来事の詳細をお聞きください。

漁から戻れば、必ず雑魚をもらえるが、土日は漁に出ない船が多い。 そんな時、漁師さんは残飯を猫達に与えていたがその量は決して多くは無かった。 私は、土日に毎週のように出かけてたんで、ゴハンにあり付けないと判断すると(20:00過ぎに来る事は無い)ゴハンをあげて帰ってた。多いときは猫缶6個の時も有った。

車のリモコンロックの音に反応して飛び出してきた子を見て、瞬間的に思った。 私のゴハンがみんなの命をつなぐ重要な一部だったんじゃないかと・・・だって此処の年配の漁師さんたち、車の免許なんか持ってないし、いつも自転車だから・・・

そして、皮肉な事に残ったチビは、たった3ヶ月で見違えるほど大きくなった。 みんなの分を一人で食べれるようになったからだろう。

もう一匹の老猫は、朽ちた船底に溜まったほんの少しの雨水を飲んでは吐いていた。ほかの場所に、おばさんが汲んだ水があるのに、、、悲しいほど一途な本能に支配された習慣を変えられない。今夏は例年の2パーセントの量しか雨が降らなかったのも、病気を加速度的に蔓延させた原因の一つなんだろう。

もう少し、何か自分として出来る事が有ったんじゃないかと思い、へこみました。

本当の出来事と、写された写真にあまりにもギャップがありすぎると、時として逃げ出したくなるんです。

でも、逃げませんよ。

時々、迷走したり、暴走したりすると思いますが、「まだまだ未熟だな~」って大目に見てやって下さい。これからも、良い意味で皆様を裏切り続けたいと思ってます!

あと、最近同じ様に自己矛盾で悩まれてる熱心な猫写真家さん達が多い気がするんで、あえて少し思い切った内容の記事にして見ました。どうか皆様、もう一歩だけ前に進んでみて下さい。生意気言って申し訳ありませんが、皆さんが待ってますから。

投稿: Hoshino | 2007年8月24日 (金) 00時44分

星野さん、お久しぶりです。元気ですか?
何をコメントしたいのか、よくわからないまま打っています。この暑い中も、朝に晩に、外では色々な猫を見ますね。生まれたばかりの子猫、病気になっても必死に生きてる猫、体に傷のある猫...。色々考えてしまいます。でも、この社会では立場的には弱いかもしれないけど、猫ってやっぱり人間なんかより全然強いと私は思っています。

写真ってすごいですよね。
実際には写っていないけれど、ごはんをあげていた漁師さんや猫を見つめる星野さん等、いろんな人達が写っているような気がします。

それではまた!

投稿: 足達 | 2007年8月24日 (金) 22時24分

安達さま、こんにちは。

私の書斎に、知人の由良カメラマンさんがパリの路地を撮影したモノクロ写真写真を飾ってるんです。
上手く言えませんが、不思議な事に、部屋の中に生き物がいるような感覚を覚えるんです。主張しないけど、息づかいが感じられるって感じかな。そう、写真を撮った人の眼差しや息づかいを感じるんです。

写真って、プロセスはただの科学反応なんだけど、「作品」になった瞬間「命」が宿る。不思議ですネ。

もう少し写真を撮った時の状況とか情況を、本館の方でお伝えしたいと思ってます。近々リニューアルを考えています。

安達さんのように、飽きずに見て頂ける方がいらっしゃる限り、元気で頑張りますよ!

投稿: Hoshino | 2007年8月25日 (土) 12時49分

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