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2008年5月11日 (日)

Album27出来ました。

Imgh1546

新規アルバムをUPしました。

桜やハマダイコンを絡めた写真も沢山撮ったんですが、チョイスしているうちに結局殆んど没になりました。 時代が求める猫写真の方向からは、益々逸れてきてるとは思いますが、ご覧いただけましたら幸いです。

今回ラスト(No、810)に魚を食べているシーンがありますので、そちら方面が苦手な方はご注意下さいネ。

shine WANGAN NEKOshine

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*追記*

公開以来パスワードロックをかけておりました写真展「東京湾岸のねこたち」のスライドショーですが、撮影してから早2年余りが経ち、既に猫さんがその場所にいなくなったり、景色が激変して場所が推測出来ない状況であることを考慮いたしまして、特にピンポイントで場所が特定出来る作品を除外した上で通常公開に切り替えさせて頂きました。なお、一部オリジナルとは違うトリミングにてご覧頂いております。

写真展をご覧になれなかった皆様、そこで暮らす猫達の生活環境保全を考えての苦慮であった事を何卒ご理解の上、今までの失礼をお許し下さい。

「東京湾岸のねこたち 2007」

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コメント

やっぱりスゴイ、というのが第一印象。
例の場所の猫達の姿も、見事にドラマチックな姿になってますね。
なるほど、Hoshinoさんの眼を通すとこのように映るのか、と感心してしまいました。
しかし、写してる角度から想像するのに、かなり危険な位置で撮影してませんか?
そんなところも、参ったナァ~という感じです。

>流行について
個人的には、猫写真の中にもジャンルがあるんだと思うようになりました。
Blog本やはっちゃん・新見さん系などは、アイドルやグラビア
岩合さん系のは、スナップや紀行かなぁ。
たぶん、今の流行はこれらに入るのでしょうね。
Hoshinoさんのは、自然写真に近いのかなぁ。
猫の生態を撮っているという感じで。
私の好みは野生動物の写真なので、猫たちを撮るときはそういう視線で見てます。
なかなかHoshinoさんのようにはいきませんが。
そんなわけで、個人的には流行りのことより、自然派系猫写真の盛り上げ方法がないもんかと、考えたりします。

投稿: H2_Ojaco | 2008年5月11日 (日) 20時27分

アハハ、H2_Ojacoさんには馴染みの場所ですよね。 私は毎年3~4月の大潮の頃、此処に行きます。 今年は良い時間の超満潮と直前までの激しい雨とが重なって水面が上昇してイメージ通り撮れました。
撮影アングルはお察しの通り水の中で撮ってます。 もちろん釣具店で売ってる超長靴+ソールにはスパイクを付けてます。 皆さんくれぐれも普通の装備で行かないで下さいね。 潮の引いた磯はコケや泥でヌルヌル・ツルツル。 転んだら間違いなく機材は全損ですし、大怪我でもしたら大変ですし、、、(かく言う私も過去にこの近くで猫の真似してジャンプして機材破損やら全治3週間の足の怪我をしたりしてますから、、、)

自然派系猫写真、いいですね。 
有志で写真展やらなんやら出来たら面白いかもネ。 

色んな種類の猫写真があった方が全体も盛り上がるしレベルや地位も向上すると思ってたけど、なんか違うみたいですね。 全体が益々小さく内側に向かってまとまっちゃう流れに恐怖さえ感じます。 そんな自分の甘さっていうか、生温さが嫌で、3月頃は断筆さえ真剣に考えてましたから。 

野良猫の写真撮る人が、叩かれてる感じさえします。 みんな「猫が好き」だから面倒をみたり、写真撮ったり、ながめたりしてるんだから、アプローチや手段の違いはあれ、みんながお互いの立場を尊重して行けたらいいのにね。 

投稿: Hoshino | 2008年5月12日 (月) 00時13分

断筆は困りますねぇ。
Hoshinoさんの猫写についてのエッセイなどは、カメラ初心者かつ独学な私にとってはとても勉強になる話ばかりですから。
おまけにすばらしい作例もあるとなると、ここは教科書みたいになってます。(笑)

野良猫の写真を撮る人が、叩かれてるということは無いんじゃないでしょうか。
ただ、野良猫を追うことは、必然的に世の中の隙間を見ることになる。
真剣に被写体に向き合おうとすればするほど、色んなことを受け止め、自分の中に溜めていくことになるのでしょう。
しかし、そのような世界を知らない(もしくは目が向かない)人々にとっては、そういう方々の言動はうっとおしく思われるのでしょう。
これは、どの社会でも起きることだと思います。

そんなわけで、棲み分けは必要なんじゃないかと思うのですよね。
しかし棲み分けするとなると、自然派系猫写真は思ったより閑散としている感があるなぁっと。
一人一人のクオリティはかなり高い、ある種一騎当千と言ってもよいレベルに見えるのだけれど。
そんなわけで自然派系猫写真、どうやったら盛り上がるかな?と思ったりするのでした。

投稿: H2_Ojaco | 2008年5月12日 (月) 21時43分

H2_Ojacoさん こんばんは。

写真の上達ってテクニックじゃないんですよね。重要なのは「どう被写体と対峙するか、そして、どう解釈し、どう表現するか」なんです。
カメラなんてメディアかフィルムさえ突っ込んじゃえば「絵」を出してくれる。だから写真の世界って入りやすい分、挫折も多いんです。どう撮ればいいのか?どうあるべきなのか?って。
それは、私自身が身をもって経験しているんで、出来るだけ精神論的な部分での話を此処に書いているつもりです。
写真も、思いついた表現方法を試行錯誤しながらAlbumに公開しています。未完な分だけ必ずや皆さんのヒントになると思ってます。「バカだな、すぐ真似されちゃうよ」って忠告してくれる人もいますが、それで結構。誰かに影響を与えられるなんてそれは凄い事ですものね。

「野良猫写真を撮る人は、自己満足な写真を撮るだけで猫に何もしてあげないからダメ」みたいな話を時々聞きます。心無い感情的な書き込みも他所で見かけます。とても悲しい事です。確かに明らかにモラル違反な自分勝手カメラマンさんもいますよ。私だって聖人じゃないし。

でも、こう思います。

猫が好きな人は、猫に対して今出来うる最大限の事をしてあげてるはずです。もちろんイジメたりなんかしないでしょう。
一方、どちらかと言うと野良猫は迷惑だと思ってる人や、動物が好きでパンダ基金には寄付するけど野良猫の現実を知らない人なんかは、一生「猫の写真」なんて進んで見ることはしないでしょう。
何故かって? それは『猫が好きな人』しか対象にしていない写真しか市場に存在しないからでしょう。

そう、私の究極は、「猫のキライな人が野良猫の存在を少しだけ許せた」とか、「猫の事あまり知らなかったけど、せめて寄付だけでもしたい」っていう普通の善意を喚起させるような写真が撮りたい。

そのためには、「猫の写真」じゃ無く「写真」として普通の人が見ても感動出来る物じゃなければ立ち止まってもらえない。たまたまフラッとギャラリーに立ち寄った、野良猫をいつも追っ払ってるオヤジが、思わず涙しちゃうような美しい写真を撮りたい。「野良猫も一生懸命生きてるんですね!」って。 そう、「北風と太陽」の話のようにネ。

自然派系猫写真は、地道に長く続けないと花が咲かないんです。それでも、今 小さなつぼみがあちこちでふくらみ始めています。
志が高ければ高いほどに、傷ついた時のダメージも大きいですから、H2_Ojacoさんもコツコツ歩いて下さいね。

投稿: Hoshino | 2008年5月12日 (月) 23時51分

こんばんは。Hoshinoさん、だめですよ~794番の作品見せられたら何も言えなくなってしまいますから・・・もう余計なキャプションなんて要らないこの説得力。
ほんとこの猫怖い。恐ろしいっていう意味じゃなくて、過酷な日々、生と死の狭間を生きてきた凄み!!鳥肌たちました。

791番はドラマですね。見る側としては、人と暮らしていた猫が家の灯りを懐かしんでる「僕もあの灯りの中にいたのに・・・」そんな感じがしました。切ないですね。

猫を撮るのも未だ気持ちは複雑です。猫を嫌う人の言い分も理解できるから。たとえばお子さんを公園の砂場で思いっきり遊ばせたい。でもその砂場は猫の糞だらけ、当然親は猫を嫌いますよね。

ある場所では「あんた猫が好きで撮ってるんなら猫を連れて帰ってよ!」
撮るだけ撮って帰る僕が腹立たしく思ったんでしょう・・・

僕も野良猫写真ブログで某写真家の方を名指しで批難した書き込みも見たりします。
保護しないのなら猫写真なんか撮るなみたいな・・・
悲しいですね。

猫を好む人、嫌う人、その狭間で野良猫写真を撮る人はこれからも苦悩するんでしょうか・・

投稿: Taka-fukuyama | 2008年5月13日 (火) 20時11分

Takaさん こんばんは。

794番は約1000枚ある「WANGANNEKO」の写真で唯一モノクロにしてみました。 カラーじゃ色がある分さらに強くて、艶めかし
くて、、、自分でも耐えられませんでした。
791は、実際人待ち顔です。いつも明かりの工場のオバサンがゴハンをくれるんだけど、日曜日はお休み。それでも、待ってるんです。 

毎回思いますが、所詮我々猫写真家は、「猫達のキャラクターを最大限引き出して映像にしてるだけ」。全然大した事じゃないんです。決して自分だけの才能じゃないんです。間違っても驕っちゃいけないんです。

マタタビでラリった猫は、暫くゴハンを食べてくれない。 だからゴハンの人は、何度も足を運ばなきゃならない。 これって、はっきり言って虐待じゃないでしょうか。 彼らは家猫じゃないんです。 いつでも必ずゴハンが待ってるわけじゃないんですよ。 そんなにまでして、面白い(面白いとは思わないけど)写真が撮りたいんでしょうか? ある雑誌に載ってた写真のベンチの下に、古びたマタタビの空容器を見つけてそう思いました。 悲しいです。 一部のカメラマンの横暴が、その他大勢の善良な写真家の信頼や志を踏みにじってるんです。 

「この子達の写真撮ってくれてありがとう。みんな良かったね。」

そう言われる事の方が圧倒的に少ないけど、それでもやっぱり猫の写真が撮りたいんです。

投稿: Hoshino | 2008年5月13日 (火) 23時52分

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