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2008年10月19日 (日)

反省

Img_0135

プロデューサー、アーティスト、、、

私のサイトの中から写真を選んで使って頂く機会があったんですが、いやぁ~、勉強になりますね。

詩のイメージを貰って、「この詩のイメージの写真、未公開作品の中からオススメなものありますか?」って言われて、自分がチョイスしたとっておきの秘蔵カットを何枚か提示するんですが、「アーティストの希望でこの写真になりました!」って、結局ブログやHPの中からチョイスされるんです。しかも、確かにそっちの方がイメージにぴったりだったりして、、、

前回の雑誌掲載写真にしても、今回にしても、選ばれたのは2005年と2006年の写真が殆んど。「WANGAN NEKO」初期の作品が多いんです。

確かにこのテーマに絞って撮影して早3年半、「光、影、月、潮、雨」、、、何処に行っても頭の中の引き出しを開ければイメージが引き出せるようになった。

今こうしてPCに向かっていても、「明日は、曇りがちだから、あそことあそこ。日曜だからゴハンの時間は何時で、あの場所で待っている、、、」ってもう絵が決まってしまう。だから、行動に無駄が無いんだけど、写真にも無駄が無いんです。

過去の写真を見ると、確かに「ドキドキ恋して写してる」って感じがするんですよ。全然メチャクチャだし、行き当たりばったりだったり、ヘタクソなんだけど、絵に「余裕」があるんですよね。

最近「70-200mmf2.8」、「24-70mmf2.8」を殆んど使ってません。単玉ばかり使ってます。当然、単焦点である以上、そのレンズの画角を常に意識します。絞りも慎重に選びます。そして、ズームでは得られない「美しい絵」がモノに出来ます。

「最近、狙い過ぎてる」

選んで頂いた写真を見ながら、大いに反省しました。

「東京 猫語り」の方も更新しました。】

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コメント

なかなか良い話でした。

写真に撮る人の心が写るんですね。今まで半信半疑でした。写真どうしたら良いかなって悩んでましたが、ヒントを頂ました。

自分が綺麗、すごいって思う空をこれからも撮って行きます。

この後、2005年と6年の写真をもう一度拝見しますね。

投稿: よし | 2008年10月19日 (日) 17時54分

よしさん こんばんは。

残念ながら同じテーマでずっと撮ってると上手くまとめるコツがつかめてしまうんです。上手くまとめた写真はまるで絵葉書のように綺麗なんだけど、それが人のココロを動かすとは限らないんですよね。
だからといって、「下手」じゃもっとダメ。先ずは見たいと思ってもらえないとネ。
その辺が写真の難しい所。
「自分の妥協できない拘り」と、「写真は人に見てもらう物」との駆け引きになる。

先日「東京 猫語り」のメンバーに最近の写真を見せたんですが、それは散々な評価でした。粗方自分でも気がついていた事だったんですが、よくもまぁ、此処まではっきり言うなって感じでした。「良いですね」ってしか言ってくれない人は、多分「どうでも良い」と思ってます。人間ですから、良い時も有れば、悪い時も絶対ありますから。

「いいですね」って、実は鵜呑みにしてはいけない言葉なんですよ。

時には自分の過去を振り返ってみる事も必要ですね。自分のポジションを客観的に見つめられる人には、その壁の向こうに道が続いていますよ。

投稿: Hoshino | 2008年10月19日 (日) 23時36分

はじめまして、『車いすのさんぽみち』のチャトラと申します。
すっかり時が過ぎてからで大変申し訳ありません、こちらHoshinoさんのblogと『東京猫物』をリンクさせていただきました。
また、そのご紹介をいただき大変ありがとうございました。私の所は、コンセプトもなしに書いているに等しく、大変お恥ずかしい限りです。
実は、今こそ縁あって、捨てられていた一匹の猫と同居しておりますが、昔は猫が苦手でした。小学生の頃には実家に迷い込んだ目の塞がった子猫が、追い払っても戻ってくるので、近くの土手に連れて行き置き去りにした事があります。
その子は、その後どうなったのだろうか・・・今では、それを思い出すたびに胸が苦しくなります。Hoshinoさんたちのエントリーを拝見しながら、その時の償いができないかを、考えて行きたいと思います。
突然、長々と失礼いたしました。

投稿: チャトラ | 2008年10月19日 (日) 23時57分

チャトラさま こんばんは。
こちらこそ 御紹介頂きありがとうございました。

私が少年時代住んでいた田舎の家は、角地で生垣だったせいもあり、捨て猫スポットでした。自宅は常に多頭飼いで、でも夜中になるとまた捨てられてて、当時去勢とか里親とかが一般的じゃなくて、、、

東京で暮らして四半世紀、これは偶然か必然か判りませんが、野良猫の写真を撮る事がライフワークになりました。

今の私が「家なき猫」の為に出来る事と言えば、「儚くとも、気高く生きている」姿を映像にして、そして「猫が好きな人」だけじゃなく、むしろ疎ましく思っている人達にも見てもらい、そして「身近な命の存在」について考えてもらう事だと思っています。

「家なき猫の為に何かしたい、けど、事情があって毎日の世話は出来ない」って思っている人達は、こんな時代でも沢山いるはずです。
けど、そういう善意の行き場があまりにも少な過ぎて、一方毎日世話をしている人達は仕事も犠牲にして、かつ身銭を食い潰しています。

僕らにどれだけの事が出来るかわかりません。「馬鹿な奴らだ」って笑ってる者も多いでしょう。でも、何もしないよりは、何かした方が良いに決まってると思います。

少なくともチャトラさんにそう思って頂けただけでも、それはとても大きな一歩だと思い嬉しいです。


投稿: Hoshino | 2008年10月20日 (月) 01時13分

こんにちは、コグレです。
>そういう善意の行き場があまりにも少な過ぎて、一方毎日世話をしている人達は仕事も犠牲にして、かつ身銭を食い潰しています。

耳の痛い話です・・。
昨年の写真展の作品でよろしければ、使って頂きたいと思っています。

投稿: コグレ | 2008年10月20日 (月) 10時13分

こんばんは、チャトラです。早速のご返事ありがとうございます。

>「馬鹿な奴らだ」って笑ってる者も多いでしょう。でも、何もしないよりは、何かした方が良いに決まってると思います。

献身的な行動をとっていらっしゃる方に対し、笑うどころか罪人に対するかのように罵倒した、という話を身近で耳にしたばかりです。それに対し反論すら出来ない臆病な私です。

ただ、ネット上で、皆さんのように「家なき猫」の為に行動している方が沢山いらっしゃることを知り、大変勇気付けられました。いつかその様な皆さんの思いの何万分の一かでも言葉に出来る人間になれたら幸いです。

投稿: チャトラ | 2008年10月20日 (月) 17時29分

「狙いすぎてる」
これは、やっぱり経験と技術が高いゆえの悩みなのでしょうね。
きちんと狙ってヒット曲がかけるようなミュージシャン(例えばサザンの桑田さんとか山下達郎とか)はほぼ天才なんだと思います。しかも批判されない。
↓の東京猫語りのメンバーに最近のお写真が散々だった^^;、というのは、恐らくみなが星野さんの写真の求めているものと違うものなのだからでしょう。
そのへんのバランスはとても難しいですよね。

また↓の記事のことなんですけど、猫からもらったものは猫に返すという考え方(これは猫に限らずでしょうけど)、私もそうだと思います。日本は、もっとビジネスとボランティアが一体になった仕組み(企業含めて)必要だと感じますね。還元、循環していくことは、命の繋がりそのものですし、そういう社会でなければいけないと思っています。

投稿: kayo | 2008年10月20日 (月) 19時46分

コグレさん こんにちは。
保護活動をされてる方、写真を撮ってる方、どちらも誰に頼まれるでもなく「猫が好きだから」やってるんですよね。
出来れば、お互いの持ってる「チカラ・知恵・才能」を上手く活かして行きたいですね。

幸いコグレさんはじめ、僕らには「人様の鑑賞にに堪え得る写真」を撮る事が出来ますよね。人様が「欲しい!」って思う写真を。

だったら、無理無く、且つ、即効性のある事から始めたいと考えてます。

軌道に乗りましたら、お写真お借りに伺いますね。

おっと、僕ら6人合わせれば自主企画も夢じゃないから、それもありですかね。

投稿: Hoshino | 2008年10月21日 (火) 14時11分

チャトラさん こんにちは。

一意に趣味に邁進する普通の人間でも、少し発想を変えれば何かが出来るはず。

好きな事を止めたり、家族の意思を踏みにじってまでも出来ないけど、少しだけ寝る時間を割けば、無意味な呑み会を固辞すれば、自販機の水じゃなく水道の水を飲めば、その積もり積もったお金で十分だと思います。お金じゃなくても良い、そういう非難されている人の少しだけでも味方になってあげるだけでもどれだけ心強いことでしょう。

無理しなくてもいいんですよ。少し思うだけで。そして自分の過去をもう責めないで下さい。今の気持ち、決意、そして、一緒に暮らしてるクーの幸せそうな顔で十分じゃないですか。

投稿: Hoshino | 2008年10月21日 (火) 14時49分

kayoさん こんにちは。

そうですね。僕も達郎は大好きなんですが、何度聴いても新鮮で、そして、感動します。

当然、「練りに練った歌詞」なわけで、当然色んな「仕掛け」もあるんですが、それを全く感じない所がスゴイと思います。
「天才」
1年で忘れられる曲との違いはその辺りなんでしょうね。

僕も実はわざと「狙いすぎ」ていたんですよ。究極の「完成された写真」は、もしかしたら究極の「スタンダード」になるんじゃないかと、、、
残念ながら、「何度見ても飽きない」写真には到達出来ていません。まだまだ長い道程です。

そうそう、「猫語り」の二人、良い奴なんですよ。H2なんか、僕に「こんな写真UPするな!」って言われても、『それでもHoshinoさんといると面白いから』って笑ってくれるんです。40歳過ぎてから良い仲間に巡り会えた私は幸せ者だと思います。だからこそ、そうじゃない人達に少しでも何かしたいと思えるんだと思いました。

投稿: Hoshino | 2008年10月21日 (火) 15時02分

Hoshinoさん、こんばんは。「狙いすぎてる」ハッとしました。何だか僕にアドバイスして下さってるような気がして。「ただの猫写真じゃなく、作品と言えるような猫写真を撮りたい!!」その思いが強すぎているのかも知れません・・・ 自然な猫の姿を撮ろうとしているのに、自分が自然体でシャッター切っていないのかもしれません・・・
後で写真見て何気に撮ったのが良かったりするのも度々・・・ 
やっぱり考えすぎてしまう性格がいけないのか、僕も反省です。。。。。

投稿: taka-fukuyama | 2008年10月21日 (火) 19時53分

こんばんは。チャトラです。度々すみません。重ねての暖かいレス大変ありがとうございました。
後悔の念は、消えることはないかもしれません。しかし、こうしてHoshinoさんとお話でき、後ろばかりではなく前を向かなければ、と思えるようになりました。本当にありがとうございます。
また、後先になりましたが、エントリーの主題から外れてしまい大変申し訳ありませんでした。
これからも心に響くお写真、楽しみにしております。

投稿: チャトラ | 2008年10月22日 (水) 17時30分

takaさん こんにちは。
そんなこと無いですよ。
特に最近のtakaさんの尾道の写真、派手さは無いけど、「尾道ってこんな町なんだな」って思う写真ですよ。大体尾道っていうと、あそこの海が見える高い場所の写真ばかりだけど、そうじゃないですよね、尾道って。

ただ、僕らみたいに一つのモノに真っ直ぐだと、とかく独り善がりになりやすいんですよ。写真が良いとか悪いとかじゃなくて。お互い気をつけましょうね。

投稿: Hoshino | 2008年10月23日 (木) 14時05分

チャトラさん、こんにちは。
わざわざご丁寧な書き込みありがとうございます。
こちらのブログは、いつも支離滅裂な事ばかりの、私の独り言日記ですから、どうぞご遠慮なく何でも書いて下さいね。
皆さんそうですから(苦笑)

こちらから書き込みにはお伺いしませんが、(どなた様にもそうさせて頂いてます。)いつも拝見させて頂いております。
今後とも宜しくお願い致します。
ありがとうございました。

投稿: Hoshino | 2008年10月23日 (木) 14時11分

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