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2011年7月17日 (日)

それぞれの行き先

Imgs3274

 私は猫を写しているが、ネコを撮っているという感覚は無い。

 そんな感覚、今回の写真展をご覧になられた方々には少なからず感じて頂けたと思う。

 東京湾岸に理由はどうであれ猫が暮らしていて、 DNAに刻まれた本能に支配されながら「生きる」に懸命な猫たち。

  写したいのはその「存在」であって、それがたまたま「猫」という生き物であっただけです。

  だから「ネコ」を見たい人には至極退屈で、「生き物の写真」を見たい人には猫がどうとかじゃなく響いていると確信しています。

 今回の写真展で、業界では有名なある方から批判を頂戴したと聞きましたが、そんな路線は最初から目指していませんので全くもって光栄です。

  もちろん「ネコ」がスキじゃなきゃわざわざ被写体に選ばなかったけど、あくまでも私は「写真」を撮っているのであって「ネコ」を撮っているわけではありません。

 そして、これからもそうありたいと思います。  

 以下は写真家藤原新也さんの会員制サイト「CAT WAKL」よりの一部引用です。私に向けて発信してくれたメッセージだと勝手に思っています。

ネコをネコから開放する。

~中略~

 目の前のコップは名前すらない、透明でキラキラ光った円筒形の物質なんだ。

 そのように解釈をせずに撮ったものは見る側もそれを感じ取る。

 たとえば猫を撮っても私は猫なんて全然 思っていない。  

 それは『生きているもの』なんだ。  

 猫を「ネコ」という言葉から開放してあげること。  

 写真ほど優しいまなざしはないと思っている。

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